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深夜の明光:ダイヤモンドが眠るカナダ北部の大地


巨大な氷河が、カナダ極北の丘を削り、数千もの湖を作り出した。 蒸留水のように不純物がなく、年のほとんどは部分的に凍っている。 6月下旬でも氷の厚さが5フィート(1.5メートル)になる場所もある。 写真:Rio Tinto(リオ・ティント)
カナダ極北の地は、ありのままの美しさを誇る広大な静寂の大地で、1600メートル以上もの高さの氷河によって数千ものわだちや穴が作られ、そこに溶け出した氷河が流れ込み、世界最大の湖の集まりが生まれました。 その1つであるラック・デ・グラス湖の周りには、世界最大級のダイヤモンド鉱山のうち4つが集まっています。

人間が足を踏み入れることを拒む過酷な環境のため、この鉱山のダイヤモンドは、僅か20年前までは人目に触れることがありませんでした。この地域を探検できたのは、数千年もの間ここに暮らして狩猟や釣りを生業としてきたファースト・ネーションの部族だけでした。

イエローナイフ(緯度62.4度)に到着したのはちょうど6月の夏至の深夜前だったが、太陽はまだ地平線よりずっと上にあった。 写真:Russell Shor/ GIA
北緯64度線に位置するこの場所では、夏の10週間は文字通り昼が終わらず、数週間ほどは24時間太陽が昇ったままです。 この僅かな期間で、岩だらけの土地を春と秋に移動するカリブーの群れの餌となるヒメカンバやノースラブラドールティー、ブルーベリー、コケモモやミズゴケなどの植物がなんとか育ちます。

最初の寒気は9月の終わりに舞い戻り、壮大なオーロラの光を連れてきます。 ガイドブックによると、この場所はオーロラ観測には世界で最高の場所であり、毎秋50,000人もの観光客が最北の街であるホワイトホースとイエローナイフを訪れます。 12月には気温は-40°Cにまで下がり、正午になればたそがれの薄明かりが残るのみです。

カリブーは、カナダ北部の生態系には不可欠な存在である。 写真:Rio Tinto(リオ・ティント)
1897~99年のクロンダイクのゴールドラッシュに見られるように、1世紀半前に外からこの土地に足を踏み入れた人間たちは富を求めて、まずは金を探しにやって来ました。 1930年代には金探鉱者は北東のノースウエスト準州に移動し、州都であるイエローナイフを発展させました。 町は樹木限界線の100マイル(約161キロメートル)南、グレートスレーブ湖の北岸、2つの金鉱山の近くに位置しています。 グレートスレーブ湖(この地域に住むスレーバリー族にちなんだ名)は世界で10番目に大きな湖で、約25,900平方キロメートルの大きさです。また北米で最深の湖でもあり、深さ約610メートルにもなるところもあります。

イエローナイフを囲む木立は無限にも近い建築材の供給源として、初めは丸太小屋、そして次第に木造の梁や羽目板に使われるようになりました。 イエローナイフが州都に発展するにつれ、探鉱者は樹木限界線より北に進むことはなくなり、金鉱山は衰退し、町に資金が流れなくなりました。

GIAの特別研究員であるDr. James ShigleyとGIAのビデオ撮影者であるPedro Padua、イエローナイフの建築物が丸太で作られていた頃、1935年に作られた最初の建築物の1つの前で。 写真:Russell Shor / GIA
半世紀後、別のタイプの探鉱者、今度はダイヤモンドを探す地質学者がこの地域にやって来ました。

ダイヤモンドが存在するのは確かでした。 数十年に渡って、アメリカのモンタナほど遥か南まで、川や小川でダイヤモンドが発見されてきたからです。 最初の発見者になろうと狙っていたデビアスは、1980年代、ユーコンとの境界近くのマッケンジー山脈へと探索チームを派遣しました。 チームはガーネットやクロマイト、イルメナイトなどのダイヤモンドの存在を示唆する鉱物を発見しものの、ダイヤモンドの鉱脈を見つけられませんでした。

その地域に最も近い町であったイエローナイフは当時経済的衰退に直面しており、準備地域としてこの町を選んだデビアスは住人から歓迎されました。 デビアスが現地にいることが知られると、同じ地域で他の鉱物を探していた、カリフォルニアに基盤を置くSuperior Oil(スーペリアオイル)などの他社も注意を向けるようになりました。   

Charles Fipke(左)とStewart Blussonは、ダイヤモンドを探し、切り立ったノースウエスト準州の奥地を何年もの間行き来してきた。 写真(左):GIA、写真(右)提供:Stewart Blusson 
Superior Oil(スーペリアオイル)は1980年代初頭、地質学者Charles Fipkeと、同じく地質学者であるStewart Blussonを含むチームを、ダイヤモンド探索のためマッケンジー山脈に派遣しました。 同社もデビアスと同じ指示鉱物を発見しましたが、すぐに計画に対する興味を失ってしまいました。

2人は自分たちが正しい道をたどっているとわかっていましたが、最終的に氷河が鍵であると突き止めたのは、地域の氷河史について深い知識を持つBlussonでした。 2人はその指示鉱物を持って、第一級のダイヤモンド国にすべく、地球最古とされる岩(39億年以上前)が見つかる地でもある不毛の大地一面を歩き回りました。 2人の地質学者は自身で資金を用意し、パイロープガーネットの痕跡を東に辿り探索を続けました。

秋になり気温が氷点下まで下がり、日光がほとんど差さなくなるまで、Blussonは借りたヘリコプターを操縦してコースを書き込み、Fipkeは地上でサンプル収集を続けました。 3年経った後もサンプルの組成はダイヤモンドの存在を強く示していましたが、資金が底を尽きかけていたため、Fipkeは自身が立ち上げた探索会社であるDiaMet Minerals(ダイヤメット・ミネラルズ)の株を売ることで資金集めを行いました。

カナダ北部の大部分は地衣類に覆われた岩しかないため植物はほとんど育たず、生育期は数週間しか続かない。 FipkeとBlussonがパイロープガーネットを辿り何年もの間歩き続けたのはこのような大地だった。 写真:Russell Shor / GIA
探索を始めてから8年後、大きな湖周辺の指示鉱物の量は急激に高まっていましたが、再度資金が少なくなっていた上、冬の気配が忍び寄り、探索を続けることは不可能になりました。 まだ地面が凍ったままの1990年4月、Fipkeはあと1日ぶんだけの採掘資金を持ってカナダに戻りました。 まさにその日、過酷な採掘の後、彼とそのチームは更なる指示鉱物を発見したのです。この中には大きなクロムディオプサイドが含まれており、それは彼らがキンバーライトのパイプの真上に立っているということを意味していました。

これらのサンプルを使い、Fipkeは巨大採鉱会社のBHPを説得し、51%の分前と引き換えに資金援助にこぎつけました。 18ヶ月後、クウェートで戦争が激化する中、BHPはラック・デ・グラス湖の底にある世界的規模のダイヤモンド鉱床を発見したことを発表しました。


カナダのノースウエスト準州を探索
カナダ、ノースウエスト準州の広大で美しくも過酷な環境に触れ、カナダのダイヤモンド鉱山の舞台裏を見てみませんか。
後にエカティ鉱山となる鉱床の開発は、世界最後の手付かずの原野で妥協することなく巨大鉱山を開発するという課題をBHPに与えました。 湖は形成されたときのまま、不純物のない状態です。 不毛な土地であるにも関わらず、ファースト・ネーションの5部族(デネ族の2分派、トリチョ族、キティクメウォット・イヌイット、北部スレーブ・メティス)がこの地域に暮らしており、全てカリブーの群れを日々の糧として追い、数百万年もの間生態系のバランスを保ってきました。 鉱山建設に際して、カリブーの移動を保証しなければならず、それは全ての植生を維持し、採鉱エリア内の安全な通り道を確保することを意味しました。

今日では、カナダは世界第4位のダイヤモンド産出国です。 エカティ鉱山が1998年にオープンされた5年後にダイアヴィク鉱山が、さらにその5年後にはスナップレーク鉱山が開かれました。これら3つの鉱山は全て、互いに50マイル(約80キロメートル)以内に位置しています。 4つ目の鉱山であるGahcho Kue(ガーチョ・キュー)は来年開かれる予定です。 これらの鉱山は、2014年には北オンタリオのビクター鉱山と合わせて1200万カラット以上、価格にして20億ドル(約2160億円)以上のダイヤモンドを産出しました。

探索チームは今でも、北の荒野を歩き続けています。 カナダでは他にも、サスカチュワン州のFort à la Corne(フォート・ア・ラ・コルネ)とケベック州のレナードで鉱山が建設中で、他の地域でも調査が進められています。

長い北極の冬は、7ヶ月から8ヶ月もの間、大地と湖を氷に閉ざす。 ダイアヴィク・ダイヤモンド鉱山(上)は凍ったラック・デ・グラス湖周辺のキンバーライト群に囲まれている。 写真:Rio Tinto(リオ・ティント)
冬は過酷な極限状態だけでなく、チャンスも生み出します。 キンバーライトの200マイル(約322キロメートル)南に位置するイエローナイフより先は道がありません。 冬のまっただ中には、湖は氷の高速道路を建設できるほど硬く凍り、その上を鉱山まで1年分の補給品を運ぶ大型トラックが通ります。この氷の道路を利用する運転手が直面する困難と危険性は、文書にはっきりとまとめられています。

この容赦無い冬の気候にさらされる危険は広く知られており、ダイヤモンド鉱山では職員の冬季外出について厳しい規則を課しています。 同伴者なしに作業エリアを離れることやホワイトアウトと呼ばれる地吹雪の中に外出することは禁じられています。安全な場所からわずか数メートル離れただけで、方向感覚を失い死に至ることがありえるからです。

「このわずかなタイミングで危険と隣り合わせなのですよ」と指を鳴らしながら、ダイアヴィクの管理者の1人は話してくれました。

Russell ShorはGIAシニア業界アナリストです。 1998年のエカティ・ダイヤモンド鉱山のオープニングに立ち会い、先日ダイアヴィク鉱山にも足を運びました。


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