ホリデーピン:
私たちのお気に入りをいくつか


ヒーロー
カールスバッドGIAのRichard T Liddicoat宝石学会図書館で展示されているホリデーピンの数々。 図書館員Chris Rogers と Rose Tozerによる企画。 写真:Kevin Schumacher/GIA
一年の中で一番素敵な時が来ました:お祝いの飾りは、光、音楽そして元気であふれいています。 宝飾品愛好者の多くが季節を祝うために好んですることは、コートやセーターの前部中央に、秘蔵のホリデーピンを一つ、二つ、または複数つけることです。

カールスバッドGIAの上級研究司書であるRose Tozerは、ホリデーシーズン中に、200近くもある彼女のコレクションを見せるために、一度に1ダース以上のものピンをつけることで知られています。

「私の大学在学中に母に勧められました。 母は私の服を見て、『ピンをつけた方がいいわ』と言ってピンを一つ貸してくれました。」とTozer氏は言います。 「母が一番最初にくれたピンはエナメルの雪だるまで、私はそれをヘリンボーンツイードのオーバーコートにつけました。」

今年初めに出版された「Comprehensive Jewelry Guide to Christmas Tree Pins(クリスマスツリーピンに関する総合宝飾品ガイド)」他収集家のためのガイド本を何冊も執筆しているKathy Floodによると、ホリデーピンが最初に流行したのは、1920年代および1930年代の「Art Deco masterpiece(アールデコの傑作)」を通してです。 自家製のフェルトピンは大恐慌の最中に、またホリデーコサージュは1940年代に人気が高かったのですが、ホリデーピンは1950年と60年代になってやっと大量生産されるようになりました。

大統領の日 - 1日目
きらめくクリアクリスタルのスワロフスキーツリーと本物のWeiss(ワイス)ツリー。 ホリデーピンの専門家Kathy Floodは、Weiss(ワイス)ツリーの石に石を重ねる構造は、複雑すぎて真似ができないと言っています。 写真提供:Kathy Flood
Flood氏によると、その時代で最も-多く購入されたツリーは、Weiss(ワイス)のキャンドルツリーのデザインで、1962、63、64年のホリデーシーズンに店頭に並びました。 「サイズは三種類あって、まるで、母親、教師、ガールフレンドや妻のために購入しなかった子供や男性がアメリカ中にいなかったように思えました。」と彼女は語りました。

ホリデーピン- メッキ、エナメル金属、プラスチックや木材から構成され、多くが結晶石で飾られているコスチュームジュエリー - の多くはEisenberg(アイゼンバーグ)、Trifari(トリファリ)、スワロフスキー、Hollycraft(ホーリークラフト)およびWeiss(ワイス)といった主要な宝飾品店の作品でした。 著名な個人デザイナーや企業には、Miriam Haskell、Erickson Beamon、Robert Lee Morrisなどが含まれ、またニナ・リッチ、Elsa Schiaparelli(エルザ・スキャパレリ)、ジバンシーおよびMolyneux(モリニュー)などクチュールの名店も含まれています。

最高級の名前 - ブルガリ、カルティエ、シャネルおよびBelperron - は、最も切望され珍重されるツリーの宝物を製作してきました。

「それは、完全なデザインで満載の貴金属と高級宝石の見事なアーバーです。」と、Flood氏は語りました。 「宝石の世界のトリュフともいえるこのようなツリーは、販売されることがしばしばありますが、Christie's(クリスティーズ)や Sotheby's(サザビーズ)などのトップオークション会場で買い尽くされます。 12月の販売カタログの表紙を飾ったツリーもありました。」

1991年クリスティーズの広告
この1991年のChristie’s (クリスティーズ)のオークション広告では、ジェードや他の宝石で作られたクリスマスツリーピンを特集しています。
写真提供:Kathy Flood
クリスマスツリー - 人々が選ぶ一年の中で一番好きなひとときのシンボル - は最も人気のあるピンのモチーフで、何千もの異なる方法で再現されました、と自身のクリスマスツリーのピンコレクションを1000本にまで減らしたFloodは述べています

「デザイナーがツリーを創造的に表現するのにどれほどの労力を費やすかは驚くばかりです。」と彼女は言いました。 「美しいからおかしいへ、ひらめきから古典へ、また野生から眠りへと広い範囲で創作されます。 母親が好きでコレクションをしていたとかコレクションをもらったとかの理由でツリーに関心を持った収集家も多くいます。」

ホリデーピンのモチーフには他に、雪片、花輪、ベル、サンタ、トナカイや雪だるまがあります。

「誰かが特に家のデザインのすべてを望んでいる場合には、おそらくどのコレクションにも素晴らしいサンタや美しいベルなどがついていますが、ほとんどの労力はツリーに費やされているように見えます。なので、ツリーは一番機知に富んで美しく、また多量に流通され、選択肢が多くあります。」とFlood氏は語りました。

ホリデーピンサンタ
GIAの司書Rose Tozerの最も貴重なピンのいくつかには、
かつては彼女の母親のコレクションであったこのツリーと花輪が含まれています。 写真:Kevin Schumacher/GIA
Tozerのお気に入り - 花輪、ツリーとサンタは - は、かつては彼女の母親のものでした。

「母が亡くなった後、私の姉弟は非常に気前よくコレクションをすべて私にくれました。」と彼女は言いました。 「私の二番目のお気に入りは、間違いなく、すべて白いガラスでできたEisenberg Ice Christmas Tree(アイゼンバーグアイスクリスマスツリー)です。 それは私の最初の高価なピン(48ドル)でした。 私は数ヶ月の間、このピンを買ったことを後悔していました!8月にそれを買い、12月につけるまで気が緩むことはありませんでした!私はこのピンをいつもつけるようにしています。」

ホリデーピンの宝探し

宝飾品愛好家がホリデーピンの収集に魅力を感じる理由はそのデザインと同じくらい多様ですが、多くの場合感情的な結びつきがあるといえます。

1993年11月にFlood氏はそれをヘアサロンで発見したことをよく覚えています。 サロンのオーナーは、ワイングラスとヴォーグ誌の12月号を彼女に手渡し、偶然にも彼女は最後のページを開いたのです。

もしそうしていなかったら、私は今までにデザインされた中で最も魅力的な18個のブローチを載せた、Candy Pratts Priceの素晴らしい「Last Look(見納め)」のページを見ていなかったことでしょう。」とFlood氏 は語りました。 「私がそれを見た時の気持ちを表現するのは難しいです。 それは、強烈な審美的喜びを生み出しました。」

Robertson, Stuart M. (2003) Russian demantoid garnet.
このプラスチック製のツリーは、Stuart Freemanがヴォーグ誌のため製作したものです。 幹はセントラルパークにある本物の木の樹皮から作られています。 写真提供:Kathy Flood
「そしてブルガリ、カルティエおよびMme Belperronによる傑作品の中に、輝く宝石で飾られた輪飾りとセントラルパークの本物の樹皮で作った幹のプラスティックツリーがありました。」と彼女は言いました。 「あのツリーによって私の欲求は実に強く駆り立てられ、それからの10年間、私はそのデザイナー、Stuart Freemanを探しました。」

Flood氏のピンに対する情熱は十分に強く、彼女はその情熱について少なくとも1冊の本が書けると思っていました。 研究が必要でしたが、それは都合のよいことにコレクションを築く道を開いていきました。 ジャーナリストとしての彼女の背景は、デザイナーやメーカーおよび一般的な宝飾業界の主要分野で専門知識を高めるのに役立ちました。

「私が最初にクリスマスツリーを探し始めたとき、どのくらいの数のツリーやデザインがあるのかと聞かれれば、50くらいと答えたでしょう。 今なら、5000に近いでしょう。」と彼女は言いました。 「私が収集価値のあるホリデーピンであるツリーを発見した後の最初のクリスマスに、夫は私に5個のツリーを買ってくれました。そして、私は思ったのです。まあ、これでおしまいだろう。 これ以上はないに違いない。」本当にすごいことですが: いつでももっと見つかります。 今まで見たことのないものが、21年も森を歩き回った後に突然ひょっこり現れて、あなたは「何?」と思うでしょう。

母親にちょっとしたきらめきをコートに加えることを勧められたTozer氏は、1989年の終わりにGIAで仕事を始めるまで、実際に愛好者にはならなかったと語りました。「そこではほとんどの人が宝飾品狂になりました。」

それ以来、彼女はどこでもそれを見つけました:ガレージセール、アンティーク/コレクターのショー、洗車場(「本当に、私の最高の掘り出し物のいくつかを!」)、百貨店、文具店、薬局。

Eisenberg(アイゼンバーグ)ホリデーピン
Tozer氏は、毎年この白ガラスのEisenberg Ice Christmas tree(アイゼンバーグアイスクリスマスツリー)を付けることにしています。
写真:Kevin Schumacher/ GIA
「たいていの場合、私がピンを探していないときにそれらを見つけることができるのです。」と彼女は言いました。 「私がピンを集め始めたとき、それらに10ドル以上を費やすことはしませんでした。 結局、私は本当に一度だけしかピンをつけないのですから。 私は長い間、その金額以上のピンを買わずにくることができましたが、それほど安いものを見つけるがもはや困難になってきました。 私は今、40ドル以下にその金額を上げました。」

ミズーリ州セントルイスに住むFlood氏は、彼女の最もワクワクした買い物の一つは、アメリカ南東部のドラッグストアで見つけたクリスマスツリーピンの未開封商品であったと言っています。

「それは、いろいろな種類の素晴らしいグッズを取り扱うような、昔風のドラッグストアでした。」と彼女は言いました。 「オーナーは、オーストリアのラグナが製作した豪華なツリーピンをオーダーした後、おそらく突然亡くなって店を閉店することになったのでしょう。 ピンはすべて箱詰めされたままでした。元のビロードのような緑のカードの上にあり、いたるところにオーストリアとスタンプが押してある縮れた茶色の紙に包まれていました。 それは史上最高のツリーの一つでした。」

しかし、場合によっては、ピンを探すだけの経験がピンを家に持って帰るという経験とほぼ同じくらい充実していることがあります。
 
「休暇中にセントルイスのCherokee Streetにあるアンティークショップに入ったことがあります。」とFlood氏は振り返りました。 「そこの女主人は顧客とあまりにも長い間話をしていたので、私たちは店を出ることにしました。」と彼女は言いました。 しかしドアから外に出る前に呼びかけられたので、Flood氏はクリスマスピンを置いているかどうか尋ねました。

「彼女は失礼な態度で、私に不審な目を向けてきました。 彼女は、クリスマスツリーピンの深刻なコレクターで、私にからかわれたと思ったのです。 予想もしていませんでした。」とFlood氏は語りました。 「彼女はカウンターの下から最高のツリーが入っているトレイを次から次へと出し始めました。 それはすべて彼女のもの;一つとして売り物は無し。」

彼らは毎年この休暇になると集合し、さらにはツリーを交換することもありました。 そしてある年、店は板で打ち付けられました。そしてFlood氏は女性が亡くなったことを知ったのです。

Flood氏は、1993年のヴォーグ誌に載っていた、本物の樹皮を使ったクリスマスツリーのデザイナーStuart Freemanをついに見つけ、10年に及ぶピンの探求は終わりました。 Freeman氏が編集者のCandy Pratts Priceと昼食を共にした2014年、時間が一巡して戻ってきました。もともと彼女が作ったページが元で、Flood氏は収集の世界へ入り始めたのです。

「Stuart氏は、私の本を手にしているCandyの写真を撮影したのです。 それは私が初めてStuartを見つけたときに、彼が『はい、ヴォーグ誌に載ったツリーの何個かは保管室に残っていると思いますよ』と言うのを聞いたのと同じくらいぞくぞくしました。」と彼女は言いました。 「私は興奮のあまり倒れる寸前でした!」

カールスバッドのRicahtd T. Liddicoat 宝石学会図書館には、宝石や宝飾品に関する書籍、ジャーナル、ビデオや画像が数千あります。 GIAの司書は、学生やスタッフ、訪問者がトピックの詳細を学ぶことを奨励するため、多くの場合、このようなリソースを使用して特定のテーマのディスプレイを制作します。

Amanda J. LukeはGIAのシニアコミュニケーションマネージャーです。 GIAのInsider and Alum Connec(関係者と同窓生コネクション)の編集者であり、 The Loupe (ルーペ誌)で編集者を務めていたこともあります。