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ムガールの宝飾品オークション:アール=サーニコレクションが1億900万ドルを集める


ルビーとダイヤモンドのチョーカー。中央部分は真珠とダイヤモンドで挟まれた赤いルビーの6本の鎖で作られている。
1920年代にPatiala(パティアーラー、インド)のマハラジャがカルティエに依頼したクラウン ジュエルの作り直しは、一度の依頼としてはそれまでの史上最大の規模でありました。このマハラジャの依頼品のうちの1つ、ダイヤモンドと天然真珠を使ったパティアラ ルビー チョーカーは975,000ドル(約1億円余り)で売却されました。写真提供:Christie’s(クリスティーズ)

世界中のコレクターたちは6月19日、クリスティーズのアール=サーニコレクションの宝飾品から構成されるマハラジャ&ムガール壮大なオークションに集まりました。ニューヨークの競売が終わった頃には、353ロットで1億1000万ドル近く売り上げ、10品が170万ドルから1,000万ドル以上の値をつけました。

オークション品目はカタールのシャィフ・ハマド・ビン・ハリーファ・アール=サーニーが所有のムガールの宝飾品の中でも最も名高く包括的なコレクションでありました。アール=サーニーは競売の収益を使ってパリに博物館を開く予定で、オークション後の残り推定作品6,000点のインドやイスラムの美術品、宝飾品のコレクションを保存します。

数千年間、世界の宝石の宝庫であったインドでは、1858年イギリス統治初期に500以上の半自治州を構成しており、多くの支配者が宝石や宝飾品の膨大なコレクションを保持していました。イギリスが支配権を握った後、ムガール帝国の富と権力の多くは、地元の支配者に移ったため、既に軍事力を争わなくて良い立場になった彼らは、誰が最も宝飾品を蓄積できるかを競うようになりました。

上面に彫刻が施された正方形のエメラルド。
彫刻が施された30.60カラットのShah Jahan(シャー ジャハン)エメラルドはコロンビアで採掘され、555,000ドル(約6,000万円)で売却された。写真提供:クリスティーズ

皇帝シャー・ジャハーン

ムガール時代の最も名の知れた支配者、シャー・ジャハーンの所有品のいくつかは、最も激しい入札劇になりました。ジャハーン皇帝は1628年から1658年にかけて統治し、その時代はムガール帝国の頂点と考えられています。彼はタージ・マハル、アーグラ城塞、赤い城、ワジーハーンモスクなどインド最古の重要建造物を命じたことで名声を獲得しました。

シャー・ジャハーンの彫刻が施されたコロンビア産30.60カラットのエメラルドは555,000ドルで売られ、1643年または1644年産の彫刻が施されたスピネルとエナメルシールリングは795,000ドルで売却されました。最後から二番目に競売にかけられたジャハーンの白いヒスイの短剣は、340万ドルで落札され、この統治者が所有したものの中では記録的でありました。

黒い背景に大きいペアシェイプのダイヤモンドがセットされ、その形が前に映っている。
GIAでグレーディングされた D IFの Arcot II(アルコットII)は17.2カラットのペアシェイプダイヤモンドであり、340万ドルの高値で売れた。ダイヤモンドは18世紀にインド・ゴルコンダで発見され、1777年にNawab of Arcot(アルコットのナワーブ・太守)から英国のジョージ三世の妻シャーロット女王に贈られた。写真提供:Christie’s(クリスティーズ)

名高いゴルコンダ鉱山産のダイヤモンド

ゴールコンダ産ダイヤモンド(一般的にインドのゴルコンダ地域の古代鉱山から採取されたタイプIIa)も競売で売られました。GIAでグレーディングされた D IFの Arcot II(アルコットII)は17.2カラットのペアシェイプは、340万ドルの高値で売れました。ダイヤモンドは18世紀にインド・ゴルコンダで発見され、1777年にNawab of Arcot(アルコットのナワーブ・太守)から英国のジョージ三世の妻シャーロット女王に贈られました。その後、個人収集家の元に戻り、1959年に現代仕様にリカットされました。そしてアール=サーニがダイヤモンドを取得後、2011年に再びリカットされました。

黒い背景にカットコーナー レクタンギュラー シェイプ ダイヤモンド
The Mirror of Paradise(パラダイスの鏡)は52.58カラットの隅切り長方形のダイヤモンドであり、GIAがグレードをした D IFで、650万ドルを稼ぎ出した。写真提供:Christie’s(クリスティーズ)

The Mirror of Paradise(パラダイスの鏡)は52.58カラットの隅切り長方形のダイヤモンドであり、GIAがグレードをした D IFで、650万ドルを稼ぎ出しました。ダイヤモンドの由来は確かではありませんが、ゴルコンダ地域で採掘され、現代仕様にリカットされたことは確かです。2013年に、そのダイヤモンドはChristie’s(クリスティ―ズ)のオークションで1,100万ドル近くで落札されました。

ハイデラバード王国君主ニザーム

ハイデラバード王国、君主ニザームが残した宝飾品は、長期にわたってインドの財産として保管されていましたが、1980年代初頭に売りに出されました。

彫刻が施されたスピネルはエナメルシールリングの上にセットされている。
Shah Jahan(シャー ジャハン)所有であったスピネルに彫刻が施されたエナメルシールリングは、1643年または1644年のものであり、795,000ドルで売却された。写真提供:Christie’s(クリスティーズ)

17世紀のムガル帝国支配下、ハイデラーバードの周辺地域のアーサフ・ジャーヒー王朝はニザームと呼ばれる君主のもとで独立色を強めていました。この王朝は、インドの新独立中央政府が1948年に君主国家を廃止するまで、英国の植民地時代を通じて続きました。

独立後、インド政府とニザームとその一族は、世界最大となった宝飾品コレクションの所有権をめぐって争いました。何年もの法廷闘争の後、インド政府はコレクションの多くを購入し、一族はその残りを数々のオークションで売却しました。後に、6月19日のChristie’s(クリスティ)のオークションで売却されることになった品々の一部を、アール=サーニが獲得しました。

剣の持ち手には伝統的なムガールカットの大きなダイヤモンド、ルビー、エメラルドが装飾されている。
ハイデラバード王国の君主ニザームのオリジナルコレクションより。持ち手に伝統的なムガールカットの大きなダイヤモンド、ルビー、エメラルドがちりばめられた儀式の剣。190万ドルで売れた。写真提供:Christie’s(クリスティーズ)

ニザームは宝飾品が王権の象徴であるという概念を真剣に受け止めていました。したがって、オークションの主要品の一つは持ち手に伝統的なムガールカットの大きなダイヤモンド、ルビー、エメラルドがちりばめられた儀式の剣で、190万ドルで落札されました。ニザームの遺産、33個のゴールコンダダイヤモンド(9.9カラットから24.38カラットのラウンドカット)を特徴としたネックレスも190万ドルで落札されました。

カルティエの宝飾品

インドの支配層は19世紀、宝飾品に対する富を求めてヨーロッパの支配層と競争し始めました。ヨーロッパの主な宝石商、特にカルティエは定期的にインド大陸への訪問を始めました。実際、1920年代にPatiala(パティアーラー、インド)のマハラジャがカルティエに依頼したクラウン ジュエル(戴冠用宝飾品等)の作り直しは、一度の依頼としてはそれまでの史上最大の規模でありました。

マルチダイヤモンドのブローチ
カルティエはオークションで最も高価な作品を作り、ベル・エポック時代のダイヤモンド ドヴァン・ド・コルサージュのブローチを1,060万ドルで売りました。写真提供:Christie’s(クリスティーズ)

マハラジャの依頼品のうちの1つ、ダイヤモンドと天然真珠を使ったPatiala(パティアーラー)ルビー チョーカーはこのオークションで975,000ドルで落札されました。カルティエ製のアールデコ調のエメラルドとダイヤモンドのブローチは150万ドルで落札され、競売最後のロットでありました。

カルティエはオークションで最も高価な作品も作り、そのベル・エポック時代のダイヤモンド ドヴァン・ド・コルサージュのブローチは1,060万ドルで売却されました。このブローチには数個の大きなゴルコンダ産ダイヤモンドが含まれ、1912年にデビアスの創設者の一人、Solly Joelのために作られたものでした。このブローチの最大のダイヤモンドは34.08カラット E VVS1タイプIaのペアシェイプで、23.55カラット D VVS2 楕円形(ほとんど完璧な)タイプ IIa、6.61カラット D VS1 タイプ IIa マーキース カット、3.54カラット E VS1 タイプ I ハート型 ダイヤモンドが含まれています。これらのダイヤモンドはすべてGIAによってグレーディングされました。

白いフェザーの羽根飾りを上に乗せたダイヤモンドのブローチ。
バゲットとペアシェイプのダイヤモンドをホワイトゴールドにセットし、白いフェザープルームを上に乗せたベルエポック時代の Jigha(ジカ、ターバンの飾り)は180万ドルで売られた。写真提供:Christie’s(クリスティーズ)

その他極めて注目すべきロットに含まれた品は、カタログの表紙に記載されていたバゲットとペアシェイプのダイヤモンドをホワイトゴールドにセットし、白いフェザープルーム(羽飾り)を上に乗せたベルエポック時代の Jigha(ジカ、ターバンの飾り)で、180万ドルで売られました。

1865年~70年製Baroda(バローダ)の真珠天蓋には円形の布に幾何学的なパターンで何千個ものの天然真珠がセットされており、バローダのマハラジャ・カンデーラーオ・ガーイクワードに依頼され、バローダのマハラニ・シタ・デヴィに引き継がれました。ハンマープライスは200万ドル強になり、オークションハウスへの手数料を含めると総額は223万ドルになりました。

何千個もの天然真珠がマンデラのように、円形の布に幾何学的なパターンでセットされている。
1865年~70年製、Baroda(バローダ)の真珠天蓋には円形の布に幾何学的なパターンで何千個ものの天然真珠がセットされている。天蓋はBaroda(バローダ藩王国)のマハラジャ・カンデーラーオ・ガーイクワードに依頼された。写真提供:Christie’s(クリスティーズ)

2020年アール=サーニ コレクションの展示

競売に出された品や作品の多くは、2014年にニューヨークのメトロポリタン美術館で開催されたアール=サーニ コレクション専用品の一部でした。

残りのアール=サーニ コレクションは、来年からパリのHotel de la Marine(オテル・ド・ラ・マリーン)に永久的に展示されることでしょう。オテル・ド・ラ・マリーンはルイ16世によって建てられた旧市庁舎で、1789年から2015年に改装工事に入り閉鎖されるまで官庁が入っていました。18世紀本来の内装に改装された建物はフランス王室歴史の博物館が入り、アール=サーニ コレクションも展示される予定です。

白いヒスイの短剣
最後から二番目に競売にかけられたシャー・ジャハーンの白いヒスイの短剣は、340万ドルで落札された。この統治者が所有したものの中では記録的であった。写真提供:Christie’s(クリスティーズ)

財産を管理するアール=サーニ コレクション財団はコレクションの一部を売却することにより、展示会、カンファレンスや教育活動を含む本格的なプログラムを公共に提供できるようになると言及しました。売却収益の一部は、アール=サーニコレクション財団が現在取り組んでいる展示会、出版物、講演、そしてさらに世界中の博物館でのプロジェクトに及ぶスポンサーシップまで支援します。

Russell Shorは、GIA カールスバッドのシニア業界アナリストです。