タンザナイトの歴史と伝承


Placeholder Alt Text
この122.70カラットのタンザナイトは、スミソニアン学術協会の国立自然史博物館のコレクションの1つ。- Chip Clark、提供:Smithsonian Institution(スミソニアン協会)
タンザナイトは、華やかなカラーストーンの中では比較的新しいものです。タンザナイト採鉱ブーム時の最によく聞いた話ですが、1967年のこと、タンザニア北部のメレラニ地方でマサイの部族民が、土壌から露出していた透明度が高く、鮮明なバイオレットからブルーの色をした結晶のかたまりを偶然に見つけました。この部族民はManuel d’Souzaという地元のフォーチュンハンターに知らせ、このハンターはすぐに4件の採鉱権を登録しました。

D’Souza は、新しいサファイア鉱床を見たのだと期待しましたが、そうではなく、この鉱床には、世界の宝石の中で最も新しい品種の一つが存在していたのです。

タンザナイトのリング
宝石業界では新顔だが、タンザナイトはすぐに最も人気が高いカラー宝石の一つとなった。提供:Richard Krementz Gemstones(Richard Krementz 宝石)
短期間のうちに、同じ20平方マイルの地域に、更に90件もの採鉱権が出現しました。誰もこの美しい結晶が何であるかは確信を持っていませんでしたが、皆、そこから確かに生まれるはずの利益を得る権利を主張したいと考えたのです。ついにはこの新しい宝石はタンザナイトとして知られるようになり、時にはビッグ3の宝石に匹敵するほどの人気となります。

Tiffany & Company(ティファニー・アンド・カンパニー)は、タンザナイトの国際的な販売の可能性を認め、主要な販売業者になる契約をしました。ティファニーは、その石を産出した国にちなんでタンザナイトと名付け、1968年に大々的に宣伝キャンペーンをしました。ほぼ一夜にしてタンザナイトは、美しく珍しい宝石に精通した顧客のほか、業界きってのジュエリーデザイナーや宝石関連の専門家から人気を得ることとなりました。

この透明度と青味がかったすみれ色の宝石は、その鮮やかな色や透明度の高さと大きなカットストーンの可能性があるため、人気が急増しました。