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ダイヤモンドの格子欠陥:GIAの研究者、結晶内部のタグ付けおよびグレー~ブルー~バイオレットのダイヤモンドの色を探究


男性と女性の顔写真。
GIAの研究員Troy Ardon(左)とChloe Peakerは、先日開催されたPrinceton-GIA Symposium(プリンストン-GIA シンポジウム)でダイヤモンドにおける量子化学的研究結果を発表した。Ardonは、ダイヤモンドの内部にタグ付けをする応用技術に焦点を当て、Peakerは、一部のダイヤモンドの色がグレー~ブルー~バイオレットである理由について説明した。

GIAの科学者たちは、1月24日にPrinceton University(プリンストン大学)で開催されたGIA主催のPrinceton-GIA Diamond Symposium(プリンストン-GIAダイヤモンド シンポジウム)で、ダイヤモンドの結晶内のタグ付けおよびダイヤモンドの色がグレー~ブルー~バイオレットとなる原因に関する最新の研究成果を発表しました。

このシンポジウムは、量子実験を行う研究員、材料科学者、業界のパートナーとの連携を促進するため、毎年開催されます。Argonne National Laboratory(アルゴンヌ国立研究所)、Institut Néel Grenoble(インスティテュート ネル グルノーブル)、City College of New York(ニューヨーク市立大学シティ カレッジ)、Cornell University(コーネル大学)、CUNY College of Staten Island(ニューヨーク市立大学スタテン アイランド校)、IBM Quantum(IBM クオンタム)、Princeton University(プリンストン大学)、University of Pennsylvania(ペンシルベニア大学)の量子および材料研究グループが、このシンポジウムに参加しました。

「このシンポジウムは、ダイヤモンド、材料、分光法、量子技術に関する多くのトピックについて学術機関および業界で研究を行っている科学者が集結する素晴らしいイベントです。シンポジウムの間に行われた議論と共同研究は非常に貴重であり、私の学生も私も取り上げられるトピックの幅広さに感動しました」とこのシンポジウムを企画した、プリンストン大学電気工学部のNathalie de Leon准教授は述べました。

ダイヤモンド内部のタグ付け

英国のUniversity of Warwick (ウォーリック大学)よりダイヤモンド科学および技術の修士号を取得し、カールスバッドのGIAで研究員を務めているTroy Ardonは、ダイヤモンドの内部にタグ付けを行うシステムを構築するためにレーザーの書き込みを使用する方法の研究に関する『Laser Writing the H3 Defect into Natural Ia Diamond(タイプIa天然ダイヤモンドへのH3センタ欠陥のレーザー書き込み)』を発表しました。

Ardonによると、この技術の可能性を理解するには、まず最初にダイヤモンドの構造を理解する必要があります。ダイヤモンドは、規則正しい配列を成す構造(格子として知られている)で共有結合した炭素で構成されています。純粋なダイヤモンドは純粋な炭素のみで構成されており、他には何も含まれません。しかし、炭素ではない原子(最も一般的な原子は窒素)が、ダイヤモンドの結晶格子中に「置換」されることが非常によくあります。一つの炭素原子がある場所に一つの窒素原子が置き換わった場合、これを置換型窒素と呼びます。本来あるべき場所に炭素が入っておらず、格子のその場所が空の状態になってる場合は、空孔となります。

3つのモデルは左から右の順に、純粋なダイヤモンドの結晶格子、および欠陥を持つ2つのダイヤモンドの結晶格子を示している。
これらの格子モデルは、純粋なダイヤモンド(左)と欠陥のあるダイヤモンド(中央と右)の違いを示している。イラスト:Troy Ardon/GIA

「これらの欠陥がさまざまな方法で組み合わさることで、格子中の窒素-空孔-窒素の構造であるH3センタなどのような欠陥ができます。我々は高強度焦点レーザー パルスを使用して、格子から炭素原子を取り除き、空孔を生成しました」とArdonは説明しました。「窒素はAセンタの形で存在していました。そこでダイヤモンドをアニーリング(ゆっくりと加熱)して、空孔をAセンタに『移行』し、H3センタを生成しました。バックグラウンドを超える数値で測定できる、つまり『一目で分かる』ようなH3欠陥を生成できるかどうかを確認したかったのです。」

結果はどうだったのでしょう?

「目に見える損傷を生み出すことなく、H3センタの低バックグラウンドの天然ダイヤモンドにH3欠陥を書き込むのに成功しました。高バックグラウンドを持つダイヤモンド中には、高エネルギー パルスを使用しても、測定可能なH3センタを書き込むことはできませんでした。ですから、書き込み可能な他の欠陥について研究を進める必要があります」とArdonは語りました。

Ardonは、ダイヤモンド量子フォトニクス(ダイヤモンド光学および光子源としてダイヤモンドの欠陥を利用することをまとめて表現する用語)によるこの種の基礎的な研究は、ダイヤモンド内部のタグ付けの堅牢なシステムを構築をするために宝石業界に応用できる可能性がある、と述べました。タグ付けの目標は、詐欺を防ぎトレーサビリティを向上させるために、独自のシリアル ナンバー付きマーク(QRコードに類似)を作成することです。

「新しい基礎研究を用いて、多くの人に馴染みのある業界にそれを応用することを、とても楽しんでいます。高度な研究に関する情報を多くの人々にお届けするルートを提供するようなものです。新しい科学的なアイデアや方法を、誰もが理解できる現実世界への応用に繋いでいくのは楽しいことです」とArdonは語りました。

グレー~ブルー~バイオレットのダイヤモンドの色の原因は?

Chloe Peaker博士 およびニューヨークのGIAの博士研究員は、『Transition Metal Centers: A Potential Cause of Color in Gray-to-Blue-to-Violet Hydrogen-rich Diamonds(遷移金属の中心:グレー~ブルー~バイオレットの水素に富むダイヤモンドにおける色の原因とされる要因)』を発表し、希少なグレー~ブルー~バイオレットのダイヤモンドの色の原因となる欠陥に関する理論および実験に基づく研究について説明しました。

「このダイヤモンドの色が生じる原因は、これまで謎とされていました。この色は天然のものに限られており、ラボで製造された石や処理された石ではこれまでに見られていないので、希少かつ非常に貴重なのです」とPeakerは述べました。

この石の色は、紫外可視吸収スペクトルの観察によって研究することができますが、理論的には、ピークおよび原因とされる欠陥を特定することは本質的に困難とされています。

Peakerの説明では、この研究は当初、紫外可視領域における光の吸収を観察する紫外可視分光法とは対照的な、赤外線領域における光の吸収を観察する吸収分光法であるフーリエ変換赤外分光法(FTIR)で明確に観察されたピークである3236cm-1の吸収の原因となる欠陥を特定することに焦点を当てていました。3236cm-1のピークは 3107cm-1のピークに次いで2番目に顕著なピークであり、ほぼ50年の月日を費やした研究を経て、理論と実験応力解析を組み合わせてついに特定することに成功しました。

金属-窒素欠陥を有するダイヤモンド格子。
ダイヤモンド中の金属-窒素欠陥を示すこの例は、炭素原子が除去された場所にある空孔の中心にニッケル原子(赤色)が1つある格子を示している。ニッケルは4つの窒素原子(青色)と2つの炭素原子(灰色)で囲まれている。この欠陥はNiN4V(Vは空孔を指す)と呼ばれており、EPR(電子常磁性共鳴法)で観察される分光特性を識別するために使用される名称、NE8とも呼ばれている。イラスト:Chloe Peaker/GIA

「FTIRスペクトルのこの領域で見られる金属-窒素-水素の振動の有望な理論的結果を発表しましたが、1つの証拠に基づいて特定することは賢明ではありません。また、ミクスト ハビットの成長構造を有するダイヤモンドにおいて3236ピークの空間分布と3107のピークを比較することによって、形成の過程についても推測しました」とPeakerは述べました。

これらのダイヤモンドのグレー~ブルー~バイオレットの色を生み出す原因を発見するには、さらなる研究が必要とされますが、Peakerはこれからも研究を続ける意欲に溢れています。

「この色の原因の発見者になれれば幸いです。その原因を理解することは、原因となる欠陥をどのように再現または修正できるかを知る最初のステップとなるでしょう。ダイヤモンド業界に広く関わる意義のあることを発見したいと願っています。未知の研究をすることは非常に興味深いことです」とPeakerは述べました。

プリンストン-GIAダイヤモンド シンポジウムで発表する機会が与えられた研究者たちは、原子および亜原子レベルでの物質とエネルギーの性質と現象を研究する量子論、およびその宝石研究への応用の可能性に関する、より多くの情報を入手することができました。

「多くの方がこの会議に出席し、講演者全員が研究成果について詳しく熱心に説明しました。量子コンピューティングの新しい発展やダイヤモンドの欠陥を量子ビットとして使用することについて、かなり多くの議論が行われました。これは非常に興味深いことで、勉強になりました」とArdonは語りました。

Peakerは、量子コンピューティングについて学んだことに感動し、次のように話しました。

「量子コンピューティングは、飛躍的に成長しました。材料科学全体の未来は有望であると思います。」

シニア コミュニケーション マネージャーのAmanda J. Lukeは、GIA Insider (GIAインサイダー)の編集者であり、GIAで編集者兼ライターとして18年間活躍しています。