Geo-Literary Society(ジオ文学学会)、ダイヤモンドカットを探る


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2014年2月にツーソンで開催されたGeo-Literary Society(ジオ文学学会)年次総会で、Al Gilbertson(アル・ギルバートソン)(左)とScott Sucher(スコット・サッチャー)(右)が、ダイヤモンドの切削技術の進化について講演しました。
Geo-Literary Society(ジオ文学学会)は、Tucson Convention Center(ツーソンコンベンションセンター)で2月14日(金曜日)に年次総会を開催しました。 Tucson Gem and Mineral Show(ツーソン・ジェム&ミネラルショー)からの参加者を集めたこのイベントは、「ダイヤモンドの切削の進化」というタイトルのセッションで、Scott Sucher(スコット·サッチャー)とAl Gilbertson(アル・ギルバートソン)によるプレゼンテーションを特集しました。

ニューメキシコ州、アルバカーキーにあるThe Stonecutter(ストーンカッター社)の社長であるSucher(サッチャー)は、30年以上にわたって有名なダイヤモンドのレプリカを作成してきました。 カリフォルニア州カールスバッドのGIAの研究員であるGilbertson(ギルバートソン)は、ダイヤモンドのカットおよびグレーディングに関する多数の記事のほか、2007年出版の本『アメリカンカット:最初の100年間(American Cut: The First 100 Years)』を執筆しています。

Sucher(サッチャー)は、ダイヤモンド使用の初期の歴史、世界的な取引パターン、切削の技術やスタイルを年代順に説明して、セッションを開始しました(表を参照)。 コンピュータモデルを使用して、いくつかの初期のダイヤモンドカットのブリリアンスとファイアーを比較しました。

表:ダイヤモンドの初期の歴史およびダイヤモンドの切削における重要な出来事
おおよそ 紀元前1000年 切削工具としてのダイヤモンドの最初の考古学的な証拠
おおよそ 紀元前300年 ダイヤモンドの品質を論じている初期のインドの写本
西暦50年 彫刻や宝飾品へのダイヤモンドの使用に関するPliny(プリニウス)の説明
1200年代 ポイントカット(研磨面を有する八面体結晶)の開発、ヨーロッパの王室の在庫におけるインドのダイヤモンドの到来
1300年代初期 アントワープ、 ベニスそしてアムステルダムでの切削センターの設立
1300年代半ば テーブルのような表面を作成するためにその上部分を切断したポイントカットであるテーブルカットの開発
1300年代後半 角に追加のファセットを有するテーブル·カットであるシングルカットの開発
1400年代 研磨ホイール(スケーフ)の出現およびダイヤモンドをより速く成形する方法であるクリービングの発見
1500年代 1000rpmの研磨速度を可能とするスケーフの改善
1600年代 ダブルカットブリリアント、Mazarin(マザラン)の開発
1700年代 Old Mine(オールドマイン) カット、有名なWittelsbach(ウィッテルスバッハ)(1664年以前)およびFrench Blue (フレンチブルー)(1671~1673年)ダイヤモンドの切削の開発
Gilbertson(ギルバートソン)は、ヨーロッパの上流階級の間で過剰にきらびやかであった時代に幕を開けた1725年頃のブラジルのダイヤモンド鉱床の発見に関する話を選びました。 1750年の論文にて切削の角度を測定するための手持ち式の「試験器」の使用を説明したDavid Jeffries(デビッド·ジェフリーズ)は、58ファセットを含んだカットのために「ラウンドブリリアント」という言葉を造りました。

1867年に南アフリカで大規模なダイヤモンド鉱床が発見されたことにより、業界の方向が変わり、これらの貴重品が大衆市場で利用可能となりました。 1870年までには、ヨーロッパでは10,000人の切削者がいました。 これらの職人は、元の結晶の形に従い、可能な限り元の重量を保っていました。

しかし、1860年頃にボストンで切削店を設立したHenry Morse(ヘンリー·モース)のおかげで、重量の保持を重視することが和らいできました。 「カラット単位でダイヤモンドをショッピングするということは、ポンド単位で競走馬を買うようなものだ」とかつて発言したモースは、石のカットとそれがもたらすブリリアンスを強調しました。 彼は、クラウンとパビリオンの角度を測定するための計測器を発明し、最高の比率において彼独自のセットを考案しました。 また、メカニカルブルーティングの開発を支援し、このためラウンドカットダイヤモンドの生産が増加しました。

原石の結晶から2つのダイヤモンドを容易にカットすることができる丸鋸のような改善が世紀末前後に起こり、モダンなラウンドブリリアントのための準備が整いました。 1919年、ベルギーのエンジニアであるMarcel Tolkowsky(マルセル・トコースキー)は、『ダイヤモンドデザイン(Diamond Design)』と題する画期的な本を出版しました。本書にて、最高にカットされた石には53%のテーブル、59%の全体の深さ、およびナイフエッジのガードルを持つ、と彼は主張しました。 Tolkowsky(トコースキー)の比率へいくつかの変更、すなわち拡張された下半分、さらに大きなテーブル、クローズアップキューレットを加えて、現在知られているラウンドブリリアントが1950年確立されました。

Gilbertson(ギルバートソン)が指摘したように、ダイヤモンドのカットの計画と評価における急進展がちょうど始まるところでした。 1986年に開発されたFirescope viewer(ファイアースコープ観察器)のため、ユーザーがダイヤモンドのカットの「ハートアンドアロー」のパターンをこれらの「理想的」な比率で見ることができるようになりました。 6年後に導入されたサリンスキャナは、迅速で正確な比率の測定を可能にし、現在利用されている様々なカットグレーディングサービスにつながりました。 最近のその他の進歩の中には、内包物マッピングソフトウェアや高速レーザー切断があります。

プレゼンテーションの後、Sucher(サッチャー)はCullinans(カリナン) I および II、Koh-i-Noor(コ・イ・ヌール)、Hope(ホープ)、およびその他の歴史的なダイヤモンドのファセットカットされた彼のレプリカを出席者に見せてくれました

「初期の原産地やツールを学ぶにつれて、Scott Sucher(スコットサッチャー)はダイヤモンドのカットの初期の時代に私たちを連れて行ってくれました」とGeo-Literary Society(ジオ文学学会)の秘書およびセッションのホストであったDona Dirlam(ドナ・ダーラム)は言いました。 「私たちは、切削のスタイルがツールの改善やダイヤモンドの供給の増加に伴ってどのように進化したかを見ました。 それぞれの開発とともに、視覚的なモデルを通してこの魅力的な変換を見ました。

「Al Gilbertson(アル·ギルバートソン)は私たちにHenry Morse (ヘンリー·モース)に関するほとんど知られていない話をしたり、モダンなラウンドブリリアントの誕生を年代順に記録にしました」とDirlam(ダーラム)は追加しました。 「Al(アル)とScott(スコット)が指摘したように、今日のコンピュータで最適化されたダイヤモンドの切削は、最も古い技術から何光年も取り除いたような気がします。」

Stuart Overlin(スチュアート・オーバーリン)は、カリフォルニア州カールスバッドの『Gems & Gemology』(宝石と宝石学)の編集者です。