「ケツァール」、GIA博物館に落ち着く
1月 7, 2014
受賞歴のある宝飾品デザイナーのZiad Noshie(ジアド・ノシー)は、いつも鳥に魅了されていました。 その美しさ、強さ、そしてその翼の動きを学ぶことで人類が航空機を作るよう学んだ方法は、子供時代の彼にかなりの印象を残したのでした。 そこでGIAコレクションのために作品を創ることを決めたとき、緑、赤、青の印象的な色合いで、絶滅危惧種に指定されているグアテマラの国鳥、ケツァール の再現を選びました。
「ケツァール」と題された、12インチ(約30cm)のレプリカには、ルビー、サファイアとツァボライト·ガーネットから黒、無色のダイヤモンドに及ぶ1,100以上の宝石が散りばめられています。 宝石は18Kホワイト、ローズ、およびイエローゴールドにセットされ、純銀のアクセントが付いています。
Noshie(ノシー)は10か月と3日という時間をかけて、細心の注意を払い「ケツァール」を作り上げました。時として非常に微小なディテールは、彼自身このデザインが完成された作品になることができるかどうかを疑問視させるほどでした。 最も困難かつイライラさせられた部分は、鳥の頭部分のディテールだった、と彼は語ります。
羽の房を再現するために、何百もの純銀、1/4インチ(約0.6ミリメートル)のワイヤーを、一度に一つずつはんだ付けする必要があったからです。 Noshie(ノシー)は一つ一つがはんだ付けされたかを確認せねばならなかっただけでなく、それらをまだ可鍛性のあるうちにカーブさせなければなりませんでした。 そして、1本取り付けに成功するたびに、2本が落ちました。 最後に彼は研磨された黒サンゴの枝に「ケツァール」をとまらせて、作品を完成させました。
この芸術家は彼の芸術と美の鑑賞眼を授けてくれた彼の両親を称賛しています。 レバノンにある彼が子供時代を過ごした家は、美術品や手作りの彫刻で満たされ、彼は父親が繊細な磁器のテーブルセッティングを作る様子を見て楽しみました。
Noshie(ノシー)は自らの芸術的視野を拡げるため、1960年代に米国に移住しました。 彼はテキサス州ヒューストンにある、現在はGlassell School of Art(グラッセル芸術学校)と呼ばれる場所で1966年にジュエリーデザインと製造を学び、自分で自分のスキルを洗練し続けました。 彼は1968年にAlmaza Jewelers(アルマザ宝石商)を開き、彼の作品は28の宝飾品およびデザイン賞を受賞しています。
「芸術家ジアド・ノシーにとって、石の色と金は、オイルを取り出し、キャンバスに筆で描くための基本的なものです」と、家族同然の友人であるHouston Community College(ヒューストンコミュニティカレッジ)教授のSharon Klander(シャロン・クランダー)博士は述べます。 「『ケツァール』に注がれたクラフトマンシップは、明らかに最高基準を反映しています。」
Noshie(ノシー)は、彼がGIAのために「ケツァール」を作成できたことを光栄で誇りに思うと述べました。 彼は、予想よりはるかに多くの作業を要したと認めながらも、すべての時間と努力の後で、彼は自分だけがそれを享受することは望んでいません。
「それは、海があなたの足を濡らすようなものです。 まず、あなたのつま先が濡れます。 その後、波は膝、足、腰へとしぶきを浴びせるでしょう」と、彼は言います。 「最終的にポイントに到達するまで濡らし続け、『何てこった!それに潜り、それに身を任せよう』と言うのです。それが私が『ケツァール』を通してやったことで、今度は他の人々が、それが私にもたらしたのと同じ喜びを共有することができます。 」
「ケツァール」は1,100以上の宝石を用いて18Kホワイト、ローズ、イエローゴールドにセットされ、純銀のアクセントが付いています。 写真提供:Maha Tannous(マハ・タノウス) / GIA、テキサス州ヒューストン Almaza Jewelers(アルマザ宝石商)の贈呈品