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不快な臭いを持つ真珠


図1:通常の鑑別のために提出された2つの真珠の外観(側面およびドリル穿孔による穴)。
図1:通常の鑑別のために提出された2つの真珠の外観(側面およびドリル穿孔による穴)。

はじめに

通常の宝石鑑別のために2つの真珠がバンコクのGIAラボラトリーに提出されました(図1)。作業を行っている宝石鑑別士が真珠に潜んだ秘密を発見するにつれ、この作業は興味深いものの、わずかに不快なものとなりました。この記事は、作業で使用された手順および毎日のように検査される普通の真珠からこれら2つの真珠を区別するのを可能とする特徴について詳しく説明します。

真珠

真珠は両方ともセミバロックの形をしており、一つはドロップシェイプに近く、もう一つは平らな楕円形のように見えます。提出された時、前者の重量は20.28カラット、後者は18.65カラットでした。20.28カラットの真珠の色はシルバーで、小さいほうの真珠はクリーム色でした。それぞれの真珠は良い光沢を示していましたが、後ほど顕微鏡で観察したときに、この光沢はひどく研磨されたため改善されていたことがはっきりと確認されました。その構造を理解するために、その大きさに対する真珠の重量を推定して最初のわずかな手がかりを得ました。どちらの真珠もその大きさにしては少し軽めでした。特に、シルバーの色をした真珠は、中が空洞になっていると思われる真珠にありがちな外観を持っているように見えました。

真珠の検査手順

GIAに提出されるすべての真珠は、最終レポートを自信を持って発行するのに使用する特定のデータを提供するように設計された検査を受けます。これらの手順の中には、すべての真珠で行われるものもあれば、その真珠にとって必要と判断された場合のみ使用されるものがあります。すべての真珠に標準とされている手順には、内部構造に関する情報を提供するX線顕微法および表面と表面近くの化学を示すエネルギー分散型蛍光X線(EDXRF)分光法が含まれます。後者の検査は、海水真珠を淡水真珠から区別することを可能にする情報を提供します。真珠の色は自然に母貝によって生成されるか、もしくは形成した後に染色、照射、漂白または少ない頻度でコーティングを介して人間によって誘発または改変される可能性があるため、地色が白やクリーム以外の真珠を検査するとき、追加の検査を使用して色の起源に関する情報を提供します。

2つの真珠の分析と反応

真珠が上記の手順を介してラボラトリーの条件の下で検査される場合、通常、使用された方法のいずれかに対して全く有害反応を示しません。したがって、EDXRF分光計の蓋を開けて、分析後にシルバーの色をした真珠を取り出したときに、非常に見慣れない光景を目にしたのは非常に珍しいことでした。分析の段階を完了して検査による影響が何もない真珠を見る代わりに、かなり濡れて汚れた真珠になり、分析の前に試験台に置かれたきれいなものとは異なって見えたのです。何が原因でこの反応が起きたのでしょうか?この質問に答えるために、分析試料室で正確な結果を得るためには、CaやMnなどの軽元素には真空の状態が必要であるということをEDXRF法に関してあまり知らない方に指摘する必要があります。この真空の状態に真珠が反応し、内部に潜んだ汚い秘密を排出することとなったのです。しかし、汚いだけでなく、かなり不快で非常にしつこい臭いを伴っていたという大問題もありました。

まるでこれでは十分ではなかったかのように、18.65カラットの真珠が試料室に後日置かれたとき、宝石鑑別士は同じような反応を確認しました。しかし、その反応にはいくつか異なる点があり、図2に見られるように、その真珠からにじみ出た物質は液体ではなく、表面で固体になっているように見えました。図3で明確に見えるように、固体になった茶色の物質がドリル穿孔で開けた穴に埋まってブロックしています。

 

図2:EDXRF試料室に置かれた18.65カラットの真珠の分析後の外観。
図2:EDXRF試料室に置かれた18.65カラットの真珠の分析後の外観。

EDXRFでの真空状態に対する異常な反応にもかかわらず、スペクトルの取得に成功し、海水の環境から産出される真珠特有のデータを入手することができました。真珠の外見から判断してこれは最も可能性の高い結果であったものの、ラボラトリーのプロトコルは、真珠が特定の起源(海水または淡水)であることが既にわかっている場合でも、その事実を確認するために検査を行わずにそれを「事実」として受け入れるのは十分ではないと規定しています。したがって、すべての個々の真珠、および複数の真珠を含むアイテムからのランダムな試料を分析する必要があります。

 

図3:18.65カラット真珠の孔穴を塞いでキャップしているのが見られた、分析後の茶色の素材。12倍に拡大。
図3:18.65カラット真珠の孔穴を塞いでキャップしているのが見られた、分析後の茶色の素材。12倍に拡大。

514nmのレーザーを用いてRenishaw(レニショー社)のinViaラマン顕微鏡で茶色の素材(図4)をさらに分析した結果、結論を出して同定できるものは何も得られませんでした。しかし、両方の真珠の悪臭は間違いなく有機質であったため、この結果は驚くべきことではありませんでした。真珠の共通成分であるコンキオリンを含む多くの有機素材は、有用なラマンスペクトルを生成しません。

真珠を丁寧に洗浄して元の輝かしい状態に戻すのに必要な手順に取り掛かる前に、内部構造を観察するためにX線顕微法を使用して分析しました。これは、真珠の鑑別において重要なステップです。化学作業中の反応および中が空洞の多くの真珠の特徴とされる大きな真珠のシルバーの色の両方を考慮すると、それぞれの真珠は内部に空洞またはキャビティがあるのはほぼ確実でした。唯一の疑問は、その特徴の大きさと形、そして真珠が天然か、それとも何らかの方法で養殖されたかどうかを証明できるかということでした。その結果は興味深いものとなりました。

 

図4:18.65カラット真珠の孔穴を塞いで蓋をする茶色の材料をクローズアップ。21倍に拡大。
図4:18.65カラット真珠の孔穴を塞いで蓋をする茶色の材料をクローズアップ。21倍に拡大。

最初にシルバーの色をした真珠が検査され、その中の空洞が大きく、真珠自体の形状にかなり近い形をしていることがすぐに明らかになりました(図5)。長年の経験から、全体的に見ると、セミバロックシェイプからバロックシェイプの真珠でよく観察されるような、真珠の形状に従う傾向がある大きな真珠の大きな空洞は、天然で形成されたことを示す良い手掛かりとなります(Kennedy、1998年)。もう2つの方向(図6および図7)において追加で行われたX線顕微法では、空洞の大きな三次元構造が確認され、空洞の部分に見える同心円状の構造の部分および有機質の悪臭を共に考慮した結果、この特殊な真珠を生成するための刺激は、有機質で偶発的なものである可能性が高いと結論付けられました。したがって、GIAレポートには「天然中空真珠」という結論が記載されました。

小さいほうの真珠も興味深い内部構造を有することが確認されました(図8)。しかし、この真珠の起源には議論の余地があるため、結論に達するのに十分な視覚的な手がかりを提供するためにより多くの方向から撮影した画像が必要であることが、X線装置を操作する宝石鑑別士の経験から明らかとなりました。したがって、宝石鑑別士が結論に達するのに役立つ画像を提供するために、
 

図5:X線顕微法で明らかにされた外側の境界線に向かって幾つかの構造壁のある大きな内部空洞。
図5:X線顕微法で明らかにされた外側の境界線に向かって幾つかの構造壁のある大きな内部空洞。
図6:2番目の方向(1番目の方向から90°)におけるX線顕微法による画像。
図6:2番目の方向(1番目の方向から90°)におけるX線顕微法による画像。
Figure 7: Microradiograph taken in the third direction (down the drill‐hole). The drill‐hole is the small black circle towards the center.
Figure 7: Microradiograph taken in the third direction (down the drill‐hole). The drill‐hole is the small black circle towards the center.
図8:1番目の方向における18.65カラットの真珠のX線顕微法による画像
図8-12は、上記のギャラリーで見ることができます。

真珠は5つの異なる位置に移動され、それぞれの位置で注意深くX線顕微法を用いて撮影されました。構造の違いは、このレポートに含まれているX線顕微法による画像の一部でかなり明らかに確認できます(図8-図12)。この真珠と前の真珠の構造における明らかな違いは、空洞のサイズ、空洞の形状および輪郭、そして比較的程度は低いですが空洞の内部構造です。空洞の内側の特徴はかなり異なるかもしれませんが、注目に値する部分は空洞の全体的な形状とサイズです。前述の真珠とは異なり、この真珠にある空洞の不規則な輪郭と、それによって占められる小さな部分は、無核養殖真珠の特徴のように見え、その大きさにもかかわらず、宝飾業界でよく「ケシ」真珠と呼ばれる種類のように見えました。したがって、1つ目の真珠と同様の有機質に関連する悪臭(全く同じではない)があるにもかかわらず、1つ目の真珠とは異なり、この2つ目の真珠には無核養殖真珠レポートが発行されました。

まとめ

通常の宝石鑑別のために提出された2つの珍しい真珠から、想像していた以上に興味深い結果が得られました。程度が異なるものの、いずれの真珠も中が空洞であることが判明し、通常行われる化学分析中にEDXRF分光器の試料室内の真空状態にネガティブな反応を示しました。鑑別のために提出された真珠がこのように反応したのはこれが初めてであり、宝石学における分析は特定の素材の中で驚くような結果をもたらすことがあるということを示しています。不快な臭いを発した特定の真珠は、以前に宝飾業界で発見されたことがありましたが(不明、1982年)、通常、ドリル穿孔で穴を開けたり処理をして、内部の空洞が破られ、元素にさらされたときに、その驚きを体験したものでした。通常の検査が原因で、有機質の成分がその鑑別を行っている宝石鑑別士の感覚を刺激したのは、これら2つの真珠が初めてとなりました。

Kennedy, S. J. (1998年) Pearl identification(真珠の鑑別)。Australian Gemmologist(オーストラリアンジェモロジスト)。20. 1. 2‐19
著者不明。 (1982年) Gem Tade Lab Notes: Unusual natural pearl(ジェムトレードラボノート:珍しい天然真珠)。Gems & Gemology(宝石と宝石学)。18.2. 105

Farn, A. E. (1986年)、Pearls: Natural, Cultured and Imitation, Butterworths(真珠:天然、養殖、模造品、バターワース)。
Strack, E. (2006年)、Pearls(真珠)、Ruhle‐Deibener‐Verlag。