「奇跡につぐ奇跡」を生きる:コロンビアのエメラルド取引の30年をジェモロジストが振り返る


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独立カラーストーンディーラーとして長い経験を持つRon Ringsrudは、コロンビアのボヤカにあるコスケス鉱山付近のEl Chacaroにて、エメラルドを購入する。 撮影:Montgomery Chitty 写真提供:Ron Ringsrud

Ron Ringsrudのエメラルドの卸売り輸入業者としての30年と、最終的にコロンビアのムゾー鉱山からのエメラルド調達を行うMuzo International(ムゾーインターナショナル社)での業務及びセールスディレクターへと昇進した彼の人生は、 国際ビジネス、絶好の機会、昔風に言うタイミングの良さ、起業家としての闘志が刺激的に混ざり合ったものでした。

すべては「Yo vivo de milagro en milagro」を勢いよく駆け抜けたようなものでした。これはコロンビアのエメラルドディーラーの言葉ですが、Ringsrudの訳によると「奇跡につぐ奇跡の人生」だそうです。

人気講師でありフィールドガイドである、そして2009年に出版された「Emeralds: A Passionate Guide(エメラルド:情熱ガイド)」の著者であるRingsrudのキャリアは、求人広告を見るというまさしく平凡な「気まぐれで自然な流れ」から始まりました。 1980年、大学を卒業した米国中西部出身の若者は、Santa Monica Evening Outlook新聞のページをめくり、ロサンゼルスでの仕事を探していました。「倉庫作業、宝石学研究所」 という広告を目にした彼は、宝石学についての知識は何もなかったものの、応募し、仕事を得ることができました。

10年ごとの財政、経済、成長または不成長の実体は独特なものでした。 上手くいったときには、本当に素晴らしい気分になります。 それがカラーストーンディーラーが持つ高揚感であり、情熱を感じ取ることができるのです。
Ron Ringsrud
「私がGIAで最初に学んだことは、世界で最も上質のエメラルドはコロンビア産であるということでした」と、スペイン語が流暢で、ボゴタへ大学の卒業旅行が1981年のGems & Gemology(宝石と宝石学)表紙の関連記事に関心を持つきっかけとなったRingsrudは語ります。 彼はGIAの通信教育プログラムに申し込み、仕事が終わると家で熱心に勉強に励み、やがてキャリアに対する意欲が明確になりました。

「私はジェモロジストになりたいと思いました」と、既にコロンビアへの旅行のために有給休暇を溜め始めていたRingsrudは言いました。 「私は夢中でした。」

彼の意欲に気づいた指導担当者は、宝石機器部門の新規採用者として彼を移動させることにしました。そこで出会ったスリランカ、オーストラリア、南アメリカ出身のカラーストーンディーラーたちや、彼らから聞く話に、彼はどんどん魅了されていきました。

「熱病にかかったようなものでしたね」と、彼は述べます。 「私は『自分にもできるかもしれない』と思い始めました。」

Ringsrud(GG)は、「数字でも言葉でも表現しがたいカラーストーンの美しさ」について語るのも好きな科学者である。エメラルドには「単なる屈折率と比重以上のものが秘められている」と、彼は述べる。撮影:Robert Weldon/GIA
感謝祭の休暇中に、Ringsrudは駆け出しのジェモロジストとして初めてコロンビアに小旅行へ出掛けました。 彼は宝石機器部門で働いている間に収集した名刺を頼りに人を訪ね、新し​​い人脈を作り、彼にとって初めてとなるエメラルドを購入しました。

「その滞在において、エメラルドのカット方法、製造工程、さらにオイル処理の方法についても少し学びました」と、彼は語ります。 「1981年当時、オイル処理について分かっていないことがたくさんありました。」

倉庫で働いていたときに、Ringsrudは隔週で2階のコピー用紙を補充する際にGems & Gemology(宝石と宝石学)の編集主任であるAlice Kellerと会話をする機会があったので、彼女がオイル処理について興味があるだろうということを知っていました。

「ついに、私はボゴタでのエメラルドのオイル処理について書いた5ページの記事を持ち、Alice Kellerのオフィスへ行きました」と、Ringsrudは言います。 「エメラルドは関心の対象であり、(エンハンスメントは)新しいテーマであったため、私はエンハンスメント処理の背景と物理学についていくらか述べたのです。」

Ringsrudが宝石学を学んでいたことを喜んでいたKellerは、彼が雑誌の記事を書いていたことに気付かなかったと言います。

「私を驚かせたかったと彼は言っていたけど、本当に驚きましたよ!」と、彼女は言います。 「原稿を読んで、Ronの文章力だけではなく、詳細なレベルの理解力と、科学的な記事に必要なリサーチ力に私は感銘を受けました。」

編集作業に奮闘した後、ついにRingsrudの記事の出版準備が整いました。 その記事は、1983年のGems & Gemology(宝石と宝石学)秋号に掲載され、業界での評価と賞を獲得しました。

「皆の心の中にもありますが、特に私の心の中に存在していた熱い気持ちは、外へ飛び出したがっていたのです」と、彼は言います。 独立カラーストーンディーラーになるために、間もなく彼はGIAの常勤職を退職しました。

Ringsrudの著書である『Emeralds A Passionate Guide(エメラルド情熱ガイド)』は、2009年に出版された。 コロンビアのエメラルドに関するRon Ringsrudの最初の記事をGems & Gemology(宝石と宝石学)に掲載した元編集主任のAlice Kellerは、「Ronは、彼の本やその後に出された論文(1986年のコスケス産エメラルドについてのG&G記事が代表的)により、優秀なジェモロジストおよび著名な研究者としての地位を確立してきた」と、彼の仕事について語る。表紙提供:Ron Ringsrud カバーアート:ボゴタ(コロンビア)、Editorial Maremagnum社、Cristina Lopez
『この上ない』タイミング

Ringsrudによると、そのタイミングは偶然だったそうです。 ダイヤモンド、ルビー、サファイア、エメラルドの価格が上昇した1970年代の最盛期は逃したものの、市場は活気に満ちており、80年代は「宝石ビジネスを開始するには良い時期」でした。

現在では数十億ドル規模となったダイヤモンドカッティング産業が生まれるきっかけとなったのは、大部分において、工業用ダイヤモンドとして大量の小さく「そこそこの」ダイヤモンド原石が南アフリカから安価に販売されていることに、インドのカッティング業者が機会を見出したことによるとRingsrudは考えます。

「私はロサンゼルスのダウンタウンで働いていました。委託販売を行うために、恐らく3万ドルの価値はあるトップライトブラウンのダイヤモンドを借り、 それをコロンビアでエメラルドと交換するか、または即金で販売しエメラルドを購入していました」と、彼は語ります。 「帰国後にエメラルドを販売する時間は70日〜80日ほどあり、ダイヤモンドディーラーに返済を済ませ、再び同じことを繰り返します。 私のビジネスは、このような1980年代のインドのダイヤモンド産業のおかげで資金調達ができたのです。」

続く数10年は主に成功していたものの、浮き沈みに満ちていました。それは、独立カラーストーンディーラーとして働くならば仕方のないことだとRingsrudは言います。

「10年ごとの財政、経済、成長または不成長の実体は独特なものであり、そのすべてを乗り切らなくてはなりません。 それは土俵際で暮らしているようなものであり、さらにそこに魅力があるのです」と、当時妻と2人の子供と生活をしていたRingsrudは語ります。

「上手くいったときには、本当に素晴らしい気分になります。 上手くいかなかったときにはもちろん、すべて自分の責任です。 それがカラーストーンディーラーが持つ高揚感であり、それを感じ取り、情熱に気づくことができるのです。 何故なら、財政的に瀬戸際の状態で暮らすだけではなく、人々が愛し、地球とのつながりを関連付ける製品を扱っているからです。」

Ringsrudはその「高揚感」を楽しんだと言うものの、500年間にわたる歴史を持つムゾー鉱山の採掘権を過去6年間にわたり管理する、Muzo International(ムゾーインターナショナル)社で働く機会を断ることは困難でした。 近く鉱山の責任を100%獲得する前に、同社はRingsrudに国際業務と販売に対する監督業務を依頼しました。

Ringsrudの創設したClayhands(クレイハンズ)には6名の従業員がおり、慣習にとらわれない地球に優しい建築形態を地元の若者たちに教えることにより、コロンビアの農村地帯で多くの難民に家を提供する。 コロンビアのボゴタから北へ2時間のところにあるSasaimaで、作業員たちは、日干しれんがの壁にコンクリートで補強を施し、Guadua(「大きな竹」)で建物の屋根を支える。 撮影:Ron Ringsrud
エメラルド採鉱の未来

カリフォルニア州に一軒の自宅と、ボゴタのエメラルド地区から6ブロック内にもう一軒の自宅を持つRingsrudは「同社はムゾー鉱山にテクノロジーを投入し、安全性と技術面において21世紀の基準を採用しています」と、述べています。

Muzo International社の仕事を引き受ける直前に、Ringsrudは米国からコロンビアの農村地帯に資金を送るための非営利団体であるClayhands(クレイハンズ)を設立しました。コロンビアには、シリアに次いで二番目とも言われるほど多くの難民たちが、住むところが無いまま暮らしています。 Clayhandsは、日干しれんが、版築、竹の技法など伝統的で地球に優しい建築形態を近代化させた方式を若者に教え、その地域の慣習にとらわれない建築のサポートを行っています。 若者たちは職業訓練や自分の家のために費用を支払う必要はありませんが、代わりに、自分たちの地域社会で苦労を強いられている他の人のために家を建てる手助けをしなければなりません。

最初に彼の想像力を捕らえた石に今でも魅了されているRingsrudは、エメラルド取引には新世代のジェモロジストの卵たちの参加が必要だと語ります。

「結晶をじっと見つめるということは、自然の最も複雑な仕組みについて、非常に深く密接に何かを見ているということです」と、彼は言います。 「それは宝石の魅力の一つだと、私は思います。 美しさ、魅力、永続性、すべてが主観的で、数値化できないものです。 しかし、結晶形成のプロセスはもう一つの謎です。結晶格子の積層は非常に規則的で、高い一貫性と知性が見られます。 私たちはこれらの石の情熱を引き出し、共有し、賛称する必要があります。

「私から若い人たちへのアドバイスとして、興味を持ち続けてください」と、彼は言います。 「あなたの前に道が出てくれば、それは開かれ、現実となります。 もしカラーストーンのジェットコースターに乗るこ​​とができるなら、それはかなりの乗りごこちです。 乗るためにできることは、何でもしてください。」

 

寄稿者Jaime Kautskyは、GIA Diamonds Graduate(GIAダイヤモンドグラジュエイト)およびGIA Accredited Jewelry Professional (AJP アクレディテッドジュエリープロフェッショナル)であり、The Loupe(ルーペ)誌の副編集長を務めていました。