ロシア皇族の歴代の宝飾品と王冠を記録した稀少な目録


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1914年、ロシア最後の皇族、ロマノフ家の人々。 着席:(左から右へ)大公女マーリア、皇后アレクサンドラ、ニコラス2世、大公女アナスタシア、(前列)皇太子アレクセイ。起立:(左から右へ)大公女オリガ、大公女タチアナ。 出典:米国議会図書館

1918年4月、退陣させられたロシア帝国のロマノフ家の人々は、シベリアの町トボリスクで革命家の管理下に置かれていました。 皇帝ニコラス2世の娘たちは、守衛が監視していない間に、亡命中の家族の新しい生活資金として自分たちの衣服の裾に数多くのダイヤモンドやその他の宝石を縫いつけました。 オリガ(22歳)、タチアナ(20歳)、アナスタシア(16歳)の姉妹は、宝石にあらかじめ定められていた暗語(「医薬品」や「セドネフの持ち物」など)を通じて母親の皇后アレクサンドラから、次の目的地であるエカテリンブルクで家族の所有物が没収されると、伝えられました。 

その後数ヵ月経った7月、銃殺隊を前にした最後の恐るべき瞬間に、宝石を散りばめた衣服が偶然にも鎧として彼女たちを保護し、弾丸が跳ね返ったと報告されています。 アレクサンドラの女中は宝石や宝飾品が詰まった小さな枕で襲来から身を守ろうとしましたが、上手くいきませんでした。  

ロマノフ王朝の素晴らしい宝石とジュエリーコレクションは、235年以上かけて入手されたものです。 このコレクションは、1917年に帝政政府が崩壊した当時のロシア皇族の宝飾品や王冠の宝石を紹介する現存の数少ない目録のうちの1冊、『Russia's Treasure of Diamonds and Precious Stones(ダイヤモンドと貴石、ロシアの財宝)』で記録として残っています。 1925~1926年にボルシェビキ政府によって出版されたこの目録は、ロシア語、フランス語、英語の三つのバージョンで刊行されています。

A.E. Fersman著(1925-26年)、『Russia's Treasure of Diamonds and Precious Stones(ダイヤモンドと貴石、ロシアの財宝)』で紹介された 406点のロマノフ家の宝石のセレクション

当初350冊が出版されましたが、現在では約20冊のみが残っていると伝えられています。 そのうちの英語版の1冊が、カリフォルニア州カールスバッドにあるGIAのRichard T. Liddicoat宝石学図書館情報センターに所蔵されており、図書館にある稀少な書籍を一般に公開する大規模なデジタル化プロジェクトの一環として、オンラインで閲覧することができます。 

この目録で紹介された宝石は、1682年のピョートル1世大帝(通称ピョートル大帝)の治世から1917年のニコライ2世失脚まで、ロマノフ王朝によって収集されました。 1922年、ソ連の指導者兼ソビエト連邦人民委員会議の議長ウラジーミル・レーニンの指導の下で、この財宝は目録に記載されました。 

1820-1830年頃のスタイルの、ペンデロ―ク付きダイヤモンドのダイアデム。

「宝石をふんだんに散りばめた9つの大きい頑丈な箱が(不思議なことに、これらの箱の目録はひとつもない)、 Moscow Armory Hall (モスクワアーマリーホール)の奥から持ち出され、人民代表の保管室に直ちに収納された」と目録の序文に記載されています。 この目録プロジェクトは、 専門家やHouse of Fabergé(ハウス・オブ・ファベルジェ)のアガトン・ファベルジェなどの宝石商からの助けを借りて、ロシ​​アの鉱物学者のA.E.フェルスマンが監督しました。

406点にも及ぶこの財宝のうち、110点がエカチェリーナ2世(1762年~1796年)と彼女の息子パーヴェル1世(1796年~1801年)が君臨していた時代のものであると記載されています。 財宝には、およそ190カラットのオルロフダイヤモンドがあしらわれている皇帝の笏、およそ200カラットのセイロン(スリランカ)サファイアが埋め込まれた皇帝の地球儀、およそ402カラットのスピネルを特徴とする皇帝の王冠、皇室の婚​​礼用王冠、チェーン、星、十字架、エンブレム、ダイアデム、ネックレス、ブローチ、リング、イヤリングのほか、ルースダイヤモンド、エメラルド、サファイア、ルビー、スピネル、真珠、アレキサンドライトが含まれます。


ロシアの皇后エカチェリーナ2世の肖像画。 1762年~1782年の間に制作、油彩、キャンバス。 出典:アムステルダム国立美術館

フェルスマンの目録には、国家の所有物としてみなされる宝石は決して「販売または処分」されなかったと記載されています。しかし、新たなソ連が国会議事堂を必要としていたため、目録の複製が潜在的な宝石のバイヤーに送られた結果となりました。 財宝は後に市場から取り戻されましたが、作品のなかにはシンジケートに売却され、1927年3月16日にクリスティーズロンドンで最終的にオークションにかけられたものもありました。 ほとんどのコレクションは、モスクワのKremlin Diamond Fund(クレムリンダイヤモンド庫)でロシアに残っています。  

「ロシア皇族の宝飾品と王冠の宝石を取り巻く謎と陰謀が、その魅力的な歴史や起源だけでなく、これら多くの作品の強い宝石学的重要性によって高められている」とGIA図書館のディレクター、Dona Dirlamは語ります。 「ロマノフ家の宝石のこの非常に稀少な目録をオンラインでアクセス可能にすることで、私たちは歴史的に最も重要な宝石やジュエリーの一部を簡単で読みやすい形式で一般の方々にご覧いただけると願っています。」 

『Russia's Treasure of Diamonds and Precious Stones(ダイヤモンドと貴石、ロシアの財宝)』は、archive.orgで初めて一般の方々がアクセスできるようになりました。 

Accredited Jewelry Professional (AJP アクレディテッドジュエリープロフェッショナル)であるKristin Mahanは、GIAコミュニケーションチームのマネージャーです。